小林計一郎先生の幸村
小林計一郎先生の『真田幸村』(新人物往来社刊)を読みました。昭和54年発行、カバーに松方弘樹の幸村(映画「真田一族の謀略」)が使われていたりして、年代を感じさせる本です。小林先生は長野県の郷土史の研究者として非常に有名な方でした。生前の小林先生とは多少の交流がありました。著書を復刻させていただいたり、郷土資料の刊行を勧められたりと、何度かお会いしたことがありますが、物静かなまさに学究肌の先生でした。
この本は昨今の真田ブームの中で出された本とは一線を画し、その人柄のようにクールで冷静な分析をしており、私としては共感のもてる本です。
例えば、幸村の歴史上の評価として「いったい真田幸村は、武将とはいっても、織田信長・豊臣秀吉などにくらべられるような重要な人物ではないのはもちろん、父昌幸・兄信之などとくらべても、世間的には小さな存在にすぎなかった。」
最近は人気に迎合して、思い入れたっぷりに英雄幸村を描いたもの(小説なら仕方ないとは思うが、歴史と銘打った雑誌などにもこの手の論文まがいのものが多い)が氾濫する中、新鮮な印象を受けます。
また、大坂の陣における幸村にしても「大坂城における幸村は傭兵隊長にすぎなかった。最後の戦いに子大助を秀頼のもとに送ったのは、人質のためであった。」と、大軍師であったという通説を否定しています。
「幸村は柔和・訥言・誠実な。好ましい人物で、それだけにいわゆる大物ではなかったと思われる。」最期の活躍が大きかったことから非凡なる武将と思われているようですが、実は凡人であったということです。
私はいま、もう一人の凡人兄信之のことを調べていますが、この二人の凡人の生涯は同じ根から出て、全く正反対の行動を取るわけで、その違いが大いに興味をそそられます。
この本は昨今の真田ブームの中で出された本とは一線を画し、その人柄のようにクールで冷静な分析をしており、私としては共感のもてる本です。
例えば、幸村の歴史上の評価として「いったい真田幸村は、武将とはいっても、織田信長・豊臣秀吉などにくらべられるような重要な人物ではないのはもちろん、父昌幸・兄信之などとくらべても、世間的には小さな存在にすぎなかった。」
最近は人気に迎合して、思い入れたっぷりに英雄幸村を描いたもの(小説なら仕方ないとは思うが、歴史と銘打った雑誌などにもこの手の論文まがいのものが多い)が氾濫する中、新鮮な印象を受けます。
また、大坂の陣における幸村にしても「大坂城における幸村は傭兵隊長にすぎなかった。最後の戦いに子大助を秀頼のもとに送ったのは、人質のためであった。」と、大軍師であったという通説を否定しています。
「幸村は柔和・訥言・誠実な。好ましい人物で、それだけにいわゆる大物ではなかったと思われる。」最期の活躍が大きかったことから非凡なる武将と思われているようですが、実は凡人であったということです。
私はいま、もう一人の凡人兄信之のことを調べていますが、この二人の凡人の生涯は同じ根から出て、全く正反対の行動を取るわけで、その違いが大いに興味をそそられます。
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南宜堂
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世間が狭くなる
私は年の割には新しもの好きのようで、facebookもtwitterも利用しております。いちおうfacebookは家族と歴史仲間、twitterは古本の関係と分けているのですが、毎朝チェックしていて思うのは世の中歴史と古本だけで動いているのではないかということです。もちろんそんなことはないのですが、ネットに飛び交う話題はNHK大河ドラマとビブリア古書堂というテレビドラマのことがほとんどで、これが今の日本人の最大関心事かと時に思ってしまいます。
テレビも新聞も見ない、ネットだけで情報を得るという生活をすれば、世界というのは実に愉快で自分を中心にまわっているような錯覚に陥ります。つまり、自分に関係のないこと不愉快なことには目をそらすことができるということです。
そうは言っても小さな商売を通じても世の中の動きは否応なく入ってくるわけで、まだかろうじて世の中につながっていて、その動きに左右されている自分を感じます。例えば店では灯油を使って暖を取り、仕事には車を使っていますが、最近の石油の値上がりはもろにこたえます。報道によれば円安の影響だそうで、円安がいいことばかりとは限らないということです。さらにこれで物価が上がるそうですが、政権が変わって貧者や弱者には厳しい世の中になるようです。
テレビも新聞も見ない、ネットだけで情報を得るという生活をすれば、世界というのは実に愉快で自分を中心にまわっているような錯覚に陥ります。つまり、自分に関係のないこと不愉快なことには目をそらすことができるということです。
そうは言っても小さな商売を通じても世の中の動きは否応なく入ってくるわけで、まだかろうじて世の中につながっていて、その動きに左右されている自分を感じます。例えば店では灯油を使って暖を取り、仕事には車を使っていますが、最近の石油の値上がりはもろにこたえます。報道によれば円安の影響だそうで、円安がいいことばかりとは限らないということです。さらにこれで物価が上がるそうですが、政権が変わって貧者や弱者には厳しい世の中になるようです。

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南宜堂
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なぜ八百屋が増えたのか
最近の積雪で車を置いて電車で店に来ることが多くなりました。駅から店まで、かつての長野市の目抜き通りである中央通りを歩くのですが、最近八百屋さんが増えたのではないかという印象を受けます。八百屋さんというより、店先に野菜を並べた店が増えていると云うことです。
私が子どもの頃はこのあたりは、時計屋とか洋服屋とかいった町らしい店が並んでいたものです。八百屋や魚屋、肉屋といった日常の食料品を扱う店は一筋入った裏通りなどにあるというのが普通でした。
郊外店に客を奪われて、苦肉の策のようにも思えます。少なくなったといってもこの通りは多くの人が行き交います。そんな人たちに足を止めて気軽に買っていただくには野菜というのはいい商品なのかもしれません。
店の奥で売っている洋服や時計がなかなか売れないとしたら、こんな方法もありなのかと思います。
私どもの店で売っている古本という商品もどちらかといえば、通りがかりに目をとめて買っていくというものなのかとも思います。だとすると、現在の店の前はあまりにも人通りが少ない。
昨年一箱古本市に参加して感じたことなのですが、場所によっては店の売上げよりたくさん売れたことがありました。人がたくさんいると売れるということの証明のような気がします。外で売ることに力を入れるというのは、待っていてもなかなかお客さんは来てくれないということからなのですが、今年は「書(古本)を持って町に出よう」を実践することになりそうです。
2月2日から11日まで、諏訪市の宮坂醸造のギャラリー「セラ真澄」で行われる古本市に参加します。諏訪湖の御神渡り見物のついでにでもお立ち寄りください。
私が子どもの頃はこのあたりは、時計屋とか洋服屋とかいった町らしい店が並んでいたものです。八百屋や魚屋、肉屋といった日常の食料品を扱う店は一筋入った裏通りなどにあるというのが普通でした。
郊外店に客を奪われて、苦肉の策のようにも思えます。少なくなったといってもこの通りは多くの人が行き交います。そんな人たちに足を止めて気軽に買っていただくには野菜というのはいい商品なのかもしれません。
店の奥で売っている洋服や時計がなかなか売れないとしたら、こんな方法もありなのかと思います。
私どもの店で売っている古本という商品もどちらかといえば、通りがかりに目をとめて買っていくというものなのかとも思います。だとすると、現在の店の前はあまりにも人通りが少ない。
昨年一箱古本市に参加して感じたことなのですが、場所によっては店の売上げよりたくさん売れたことがありました。人がたくさんいると売れるということの証明のような気がします。外で売ることに力を入れるというのは、待っていてもなかなかお客さんは来てくれないということからなのですが、今年は「書(古本)を持って町に出よう」を実践することになりそうです。
2月2日から11日まで、諏訪市の宮坂醸造のギャラリー「セラ真澄」で行われる古本市に参加します。諏訪湖の御神渡り見物のついでにでもお立ち寄りください。

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1月17日
阪神大震災から18年目。記憶というものは薄れるようにできているようです。あの日の朝、テレビの画面が大変な事になっていたという記憶があって、その他のことはだんだんに消えていくようです。3月11日の記憶もそうなるのかもしれません。どちらの地方もここ長野から遠く離れていて、被害もほとんどなかったということもあるのかも知れません。
記憶は薄れていっても本質的なことはきちんと押さえておかなければならないと思います。例えば東日本大震災でいったら原子力発電所のことです。政権も変わったいま、脱原発の声は日々小さくなっていくような気がしています。
原子力発電所の危うさというのは地震によって顕在化したのですが、それがなかったにしろ本質的に私たちの生存とは相容れないものであったのです。それを容認させてきたのは原発利権とか経済優先の戦後社会だったということです。それが戻りつつある今の社会を、景気が良くなるならまあいいか的な感情で再び認めるようになってしまうのは仕方がないのか。なんともやりきれない思いを抱いているこの頃です。
記憶は薄れていっても本質的なことはきちんと押さえておかなければならないと思います。例えば東日本大震災でいったら原子力発電所のことです。政権も変わったいま、脱原発の声は日々小さくなっていくような気がしています。
原子力発電所の危うさというのは地震によって顕在化したのですが、それがなかったにしろ本質的に私たちの生存とは相容れないものであったのです。それを容認させてきたのは原発利権とか経済優先の戦後社会だったということです。それが戻りつつある今の社会を、景気が良くなるならまあいいか的な感情で再び認めるようになってしまうのは仕方がないのか。なんともやりきれない思いを抱いているこの頃です。

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外でも売る
昨日書いた看板の話、さっそく話を決めてきました。近くの古道具屋さんで板を買って、これまた近くの元看板屋さんに頼むことにしました。
今風の仕事をするにはこのあたりは不向きですが、一昔前の例えば看板を作るとか、のれんを作るとかいった、そんな商売の人たちがまだまだ住んでいます。古本屋も含め、一般的には将来性がないと思われてる商売ですが、家業として大事にしていこうとしている人たちがいるのです。
さて、続いて今年の第二の目標は「外でも売りたい」ということです。昨年は一箱古本市に何回か出店しましたが、これは趣味の延長のようなもので、採算を取るというわけにはいきませんでした。今年も一箱はなるべく参加する予定ですが、しっかり商売として成り立つような外での販売を考えようということです。手始めは諏訪の「酒蔵で本を読む」のイベントですが、3月には私が主催してのブックイベントを行う予定です。こういう試みが古本人口を増やすことにどれくらいの効果があるのかはわかりませんが、日々同業者の廃業のニュースを聞くと、のんびりと店番しているわけにもいかなくなります。
今年の第二の目標は「外でも売る」です。
今風の仕事をするにはこのあたりは不向きですが、一昔前の例えば看板を作るとか、のれんを作るとかいった、そんな商売の人たちがまだまだ住んでいます。古本屋も含め、一般的には将来性がないと思われてる商売ですが、家業として大事にしていこうとしている人たちがいるのです。
さて、続いて今年の第二の目標は「外でも売りたい」ということです。昨年は一箱古本市に何回か出店しましたが、これは趣味の延長のようなもので、採算を取るというわけにはいきませんでした。今年も一箱はなるべく参加する予定ですが、しっかり商売として成り立つような外での販売を考えようということです。手始めは諏訪の「酒蔵で本を読む」のイベントですが、3月には私が主催してのブックイベントを行う予定です。こういう試みが古本人口を増やすことにどれくらいの効果があるのかはわかりませんが、日々同業者の廃業のニュースを聞くと、のんびりと店番しているわけにもいかなくなります。
今年の第二の目標は「外でも売る」です。

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店に看板を
年を取ると時間の流れが速くなるというのは、もちろん気のせいなのですが、その気のせいには根拠があるのだということを聞いたことがあります。生きてきた時間が長いから、年を取ってからの一年が短く感じられるのだと。
じっさい昨年暮れに歴史仲間の忘年会に出席したのですが、会場が同じということもあって、つい最近そこに来たような気がしたものです。短い1年でした。しかし、過ぎてみれば短い1年でもけっこういろいろなことがあったなとも感じます。一瞬一瞬はやはり長い。
だらだらとやっているように見える光風舎ですが、やはり年頭ともなると一年の計画を立てます。今年の最大の目標は店売りを増やすことです。地方の古本屋はどこもネット頼りの状態で、これが逆転することはなかなか考えられませんが、少なくとも昨年よりは店売りの比率を高めたいと思っています。
最近お客さんに言われることは、目立たないということです。もともとがそれほど人の通る場所ではありませんが、店が奥まっていることと目立つ看板がないので、店の存在をアピールできないでいます。今までお金があったら仕入れに回してきたのですが、もっと見てくれにお金をかける必要があろうかと思っています。ということで、今年の一番の目標は「店に看板を」です。
じっさい昨年暮れに歴史仲間の忘年会に出席したのですが、会場が同じということもあって、つい最近そこに来たような気がしたものです。短い1年でした。しかし、過ぎてみれば短い1年でもけっこういろいろなことがあったなとも感じます。一瞬一瞬はやはり長い。
だらだらとやっているように見える光風舎ですが、やはり年頭ともなると一年の計画を立てます。今年の最大の目標は店売りを増やすことです。地方の古本屋はどこもネット頼りの状態で、これが逆転することはなかなか考えられませんが、少なくとも昨年よりは店売りの比率を高めたいと思っています。
最近お客さんに言われることは、目立たないということです。もともとがそれほど人の通る場所ではありませんが、店が奥まっていることと目立つ看板がないので、店の存在をアピールできないでいます。今までお金があったら仕入れに回してきたのですが、もっと見てくれにお金をかける必要があろうかと思っています。ということで、今年の一番の目標は「店に看板を」です。

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ちあきなおみ
出勤前のひととき、NHKFMのちあきなおみの特集を聴いています。村松友視のしゃべくりは私にはどうでもいいのですが、この歌手はむかしから好きです。
事実上の引退からずいぶん経ってしまって、もうたぶん彼女の声を聴く機会はないでしょう。それでもYouTubeなどで聴けるのはありがたいです。
唄の好き嫌いに理屈をつけても仕方がないのですが、ちあきの唄を聴いていると、やがて消えていく自分の寂しさをなぐさめてくれるような気がするのです。
だから仕事の前の、しかも朝に聴く唄ではないと思うのですが、本放送を聞き逃してしまったのでいま再放送を聴いているというわけです。
歌謡曲にしろ映画にしろ、いわゆる大衆芸能といわれるのが私たちの人生に強烈な思い出としていつまでも残っているというのは、店を訪れる高齢のお客さんの思い出話からもいつも感じていることですが、そういうことを語らせたら右に出るものはいないという小沢昭一さんが亡くなって、昭和の大衆芸能の語り手がもういなくなってしまったという寂しさは感じます。
いまは録音したり録画したりということができますので、そのまま消えてしまうということはないのですが、それでも臨場感は味わえません。
時として私どもの店は、古本にしろレコードにしろビデオにしろ、そんなはかない思い出をおさめた場所なのかとも思います。
事実上の引退からずいぶん経ってしまって、もうたぶん彼女の声を聴く機会はないでしょう。それでもYouTubeなどで聴けるのはありがたいです。
唄の好き嫌いに理屈をつけても仕方がないのですが、ちあきの唄を聴いていると、やがて消えていく自分の寂しさをなぐさめてくれるような気がするのです。
だから仕事の前の、しかも朝に聴く唄ではないと思うのですが、本放送を聞き逃してしまったのでいま再放送を聴いているというわけです。
歌謡曲にしろ映画にしろ、いわゆる大衆芸能といわれるのが私たちの人生に強烈な思い出としていつまでも残っているというのは、店を訪れる高齢のお客さんの思い出話からもいつも感じていることですが、そういうことを語らせたら右に出るものはいないという小沢昭一さんが亡くなって、昭和の大衆芸能の語り手がもういなくなってしまったという寂しさは感じます。
いまは録音したり録画したりということができますので、そのまま消えてしまうということはないのですが、それでも臨場感は味わえません。
時として私どもの店は、古本にしろレコードにしろビデオにしろ、そんなはかない思い出をおさめた場所なのかとも思います。

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くらもと古本市
少し先の話ですが、諏訪市の宮坂酒造のギャラリー「セラ真澄」で「くらもと古本市」が開催されます。光風舎も参加する予定で準備をすすめています。店売りがふるわない時代です。なんとか直に本をかっていただく機会を作っていきたいと思います。この催しには長野の古本屋さんも何店か出店する予定とか。楽しみです。
同じ2月に長野市でも同様の催しを企画しています。正式に決まったらお知らせします。
名称 くらもと古本市「酒蔵で本を読む」
主催 株式会社バリューブックス http://www.valuebooks.jp/
協力 宮坂醸蔵
会期 2013年02月02日(土)~10日(日)仮
会場 セラ真澄 http://www.cellam
同じ2月に長野市でも同様の催しを企画しています。正式に決まったらお知らせします。
名称 くらもと古本市「酒蔵で本を読む」
主催 株式会社バリューブックス http://www.valuebooks.jp/
協力 宮坂醸蔵
会期 2013年02月02日(土)~10日(日)仮
会場 セラ真澄 http://www.cellam

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新年最初の客
3日の日、店のシャッターを半分開けて仕事をしていたら、まだ高校生くらいの少年が入ってきて熱心に本を見はじめました。今日は休みだけれどと告げて、それでも良かったら見ていってくださいと照明を明るくしてあげました。どうも初詣の帰りのようです。ミステリー中心ですが何冊か買ってくれました。
新春から出版をめぐっては厳しいニュースしか聞きません。おそらく世の中の景気が良くなっても本が売れない状況は続くと思われます。そんな中、新年最初のお客さんが高校生とはありがたいことです。
4日から店がはじまりました。取り立てて急にお客さんが増えたということはありません。相変わらずの店内です。今月いっぱいは店内2割引ということにしました。在庫が増えてきたのと、少し本の入れ替えをしたいということと、いちばん売れない時期を乗り切りたいと、いろいろな思惑があってはじめました。ご来店をお待ちしております。
新春から出版をめぐっては厳しいニュースしか聞きません。おそらく世の中の景気が良くなっても本が売れない状況は続くと思われます。そんな中、新年最初のお客さんが高校生とはありがたいことです。
4日から店がはじまりました。取り立てて急にお客さんが増えたということはありません。相変わらずの店内です。今月いっぱいは店内2割引ということにしました。在庫が増えてきたのと、少し本の入れ替えをしたいということと、いちばん売れない時期を乗り切りたいと、いろいろな思惑があってはじめました。ご来店をお待ちしております。

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謹賀新年
謹んで新しい年のお慶びを申し上げます。
不思議なもので、5年ほど前からはじめた趣味の歴史が昨年は趣味から仕事になり本を上梓させていただきました。
また、同じく趣味であった古本屋めぐりが昂じて古本屋を営んでおります。
反対に20代からずっと仕事にしていた出版業はいまや開店休業の状態です。ほとんど計画性のない人生の見本のようなものですが、本人はこの着地にけっこう満足しております。
さて、光風舎は新年4日からの営業です。相変わりませず宜しくお願い申し上げます。
不思議なもので、5年ほど前からはじめた趣味の歴史が昨年は趣味から仕事になり本を上梓させていただきました。
また、同じく趣味であった古本屋めぐりが昂じて古本屋を営んでおります。
反対に20代からずっと仕事にしていた出版業はいまや開店休業の状態です。ほとんど計画性のない人生の見本のようなものですが、本人はこの着地にけっこう満足しております。
さて、光風舎は新年4日からの営業です。相変わりませず宜しくお願い申し上げます。

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