2012年11月16日
元禄時代
最近テレビの時代劇がなくなって高齢者が寂しい思いをしているのだそうです。そんな少ない時代劇がNHKテレビで放映中の「薄桜記」です。登場人物が、吉良上野介・千坂兵部・中山安兵衛といった忠臣蔵に関係する人たちで、赤穂事件とどのようにつながっていくのか、期待を持たせます。
昨夜は高田馬場での武勇伝が広まって、安兵衛に上杉家・赤穂家から仕官を請われるという話でした。時は元禄時代でまだ武勇による仕官が可能であったようです。上杉・赤穂ともに先祖の武勇を披露して自慢しておりました。上杉が謙信の武勇を自慢すれば。赤穂は景勝が石田方についたことを責める。大名家にとって祖先の武勇は大事なステータスであったようです。
時代は違いますが、松平定信の子の幸貫が真田家に養子に入って藩主となったとき、真田家は武勇の家柄を盛んに強調しています。初代の信之は戦国時代を生き抜いてきた武将ですので、その武勇を幸貫が尊敬するのは当然として、武勇の家柄の中には昌幸や信繁(幸村)までも含まれていたのではないかと思われます。後に編まれる「真田家御事蹟稿」には昌幸や幸村の項目もあります。
この頃になりますと、関ヶ原や大坂の陣の記憶も曖昧になってきますから、幕府に対して憚らなくてもよくなったのでしょうか。
「真田三代記」が世に出たのは元禄時代のことだといわれています。この当時は当然ながら写本で出され、密かに読まれたようです。ちなみにこの三代は昌幸・幸村・大助です。写本であってもずいぶんと読まれたようです。案外幸貫もこのことを意識して「武門の家柄」を強調したのかもしれません。
話がそれてしまいました、「薄桜記」に戻すと、このドラマ時代考証はしっかりしているようで、戦国時代の記憶がまだ薄れていない元禄の状況が、さりげなく触れられています。「鶴翼の陣」だとか「車懸かりの戦法」などのことばも会話にはあって、「甲陽軍鑑」が武士の間でもてはやされていたことがわかります。時代考証は大石学さんです。
菊地秀夫編著「江戸東京地名事典」
昨夜は高田馬場での武勇伝が広まって、安兵衛に上杉家・赤穂家から仕官を請われるという話でした。時は元禄時代でまだ武勇による仕官が可能であったようです。上杉・赤穂ともに先祖の武勇を披露して自慢しておりました。上杉が謙信の武勇を自慢すれば。赤穂は景勝が石田方についたことを責める。大名家にとって祖先の武勇は大事なステータスであったようです。
時代は違いますが、松平定信の子の幸貫が真田家に養子に入って藩主となったとき、真田家は武勇の家柄を盛んに強調しています。初代の信之は戦国時代を生き抜いてきた武将ですので、その武勇を幸貫が尊敬するのは当然として、武勇の家柄の中には昌幸や信繁(幸村)までも含まれていたのではないかと思われます。後に編まれる「真田家御事蹟稿」には昌幸や幸村の項目もあります。
この頃になりますと、関ヶ原や大坂の陣の記憶も曖昧になってきますから、幕府に対して憚らなくてもよくなったのでしょうか。
「真田三代記」が世に出たのは元禄時代のことだといわれています。この当時は当然ながら写本で出され、密かに読まれたようです。ちなみにこの三代は昌幸・幸村・大助です。写本であってもずいぶんと読まれたようです。案外幸貫もこのことを意識して「武門の家柄」を強調したのかもしれません。
話がそれてしまいました、「薄桜記」に戻すと、このドラマ時代考証はしっかりしているようで、戦国時代の記憶がまだ薄れていない元禄の状況が、さりげなく触れられています。「鶴翼の陣」だとか「車懸かりの戦法」などのことばも会話にはあって、「甲陽軍鑑」が武士の間でもてはやされていたことがわかります。時代考証は大石学さんです。

菊地秀夫編著「江戸東京地名事典」
Posted by 南宜堂 at 09:41│Comments(0)