2012年11月14日

煩わしいのは

今泉正光さんの「今泉棚とリブロの時代」(論創社)を読みはじめました。今泉さんとご縁ができたということがきっかけなのですが、改めて今泉さんの読書の広さと深さには驚かされます。
前橋の西友にいたころの話ですが、古書店「みづの書店」のことが書かれていました。当時の古本屋というのは、地方における文化の結節点であったというようなことが。古本屋も勉強していたし、それを求めてさまざまな人が集まっていたというのです。
かつて会津八一の本を出版したとき、著者から教えられて善光寺下の北島書店を訪ねたことがありました。現在の北島さんのお父さんの時代で、長野で会津八一の研究会をされていました。また八一の「観音堂」を復刻もされていたと思います。
現在の地方の文化状況を考えると、ああいうことは望むべくもないような気がします。郷土史とか地方の民俗とかに関心をもっている人も少なくなったようです。古本屋とお客さんとの関係も希薄になり、会話も少なくなりました。ともすればネット販売に力が入り、店でのお客さんとのコミュニケーションは煩わしいと、そんな気のするときもあります。
これは古本屋だけではなく、床屋でも喫茶店(カフェ)でもコンビニでも、客との会話がなくなり黙々と仕事をすることが当たり前になっているようです。
そういう「煩わしい」という風潮がアマゾンなどのネット通販全盛の底にはあるのかもしれません。篭を持って買い物をするスーパーができた頃がそのはしりなのかとも思います。
煩わしいのは



Posted by 南宜堂 at 08:58│Comments(0)
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